れもん。

自分そのものを生きることができたら。

おざぶとん

 両親は共働きだったので、私は母方の祖母の家へ預けられることが多かった。祖母はとてもしっかりした人で、掃除をすれば塵一つなく、料理をすれば何でもおいしかった。叔父二人を医師に育てあげただけあり、教育にはとても厳しい人で、新聞をまたぐ事も本を床に置くことも決して許しはしなかった。

おふとん。

おりんご。

おみそしる。

 祖母は決して雑な言葉を使わなかった。「お」がつけられるものにはすべてつけた。

「ほら、きちんとおざぶとんの上に座りなさい。」

 だから私は「ざぶとん」という言葉を知らなかった。「おざぶとん」というものだと思い込んでいた。ふと小学生のとき、友人との会話で「おざぶとん」はおかしいと指摘され、ひどく動揺したことを覚えている。

 事務所のいすにくくりつけた「おざぶとん」を見るたびに、今でも祖母の声が聞こえてくる。